京都大学公共政策大学院同窓会「鴻鵠会」

訪問インタビュー

岩本公共政策大学院長インタビュー

岩本公共政策大学院長

京都大学公共政策大学院では、今年度から岩本武和教授が新しく院長に着任されました。岩本院長は京都大学交響楽団の音楽部長を務められるなど多彩な経歴をお持ちです。院長に就任されて約半年が経過したことを期に、院長に着任されての所感、ご専門の国際経済学について、さらに文化芸術に関する話題まで幅広くお話を伺いました。(聞き手: 10期OB松山祐輔 8期OG山科潤子)

◇今年度より、新たに院長に着任されての所感をお聞かせください

 院長に着任するにあたって、まず公共政策大学院で何をなすべきか、自分自身で問題を整理しておこうと考えました。当初考えた様にはまだ進める事ができていませんが、現在以下のような取り組みを検討しています。

・ホームページ・パンフレットについて
ホームページやパンフレットなどの広報媒体は部局の対外的な顔であり、受験生の獲得を含めた本院の活動の周知に大きな役割を果たします。しかしながら、現在のホームページはデザインが古く、在籍しておられない教員や卒業した学生の画像が掲載されたままの状態です。また、コンテンツも整理できておらず、非常に分かりにくいものとなっています。同様に大学院紹介パンフレットも長期間にわたり、デザインがほぼ変わっていないため、ホームページと併せて刷新を検討しています。
これらの取り組みを行うにあたっては、予算などの資金が必要になります。リソース確保のためにも、寄附講義の開設にあたって受け入れている寄附金などの有効活用ができるようにしていきたいと考えています。本院には、経済学研究科出身の教員、法学研究科出身の教員、そして実務家出身の教員と3パターンの教員が在籍していますので、会議で多様な意見をいただきながら方向性を決めていきたいと思います。

・国際交流について
本院には現在、海外の協定校がありませんが、今後は協定の締結も視野に入れて交換留学コースを設定し、さしあたりは半期程度で単位互換を認めて学生同士の交流を図ってはどうかと考えています。先日、台湾国立政治大学の国際事務学院(国際関係学部)から公共政策大学院と学術交流協定を締結したいという要請があり、先方から4名の教員と外交担当事務職員が来られました。この大学は蒋介石が南京政府の高官を養成するための大学として設立された大学で、日本の一橋大学や英国のLSE(London school of Economics)等と同様に文系に特化した大学です。
私はこの大学の国際事務学院(国際関係学部)に、国際交流基金からの要請で教えに行ったことがあります。国際関係学部には、日本研究学位課程という修士・博士のプログラムがあり、現在の日本の社会・経済・政治について教育・研究を行っています。国立政治大学が軸とする国際事務学院と社会科学院は、本院で扱う研究領域と近く、社会科学院とは本学の法学研究科・経済学研究科が、すでに学術交流協定を結んでいます。すぐという話ではないかもしれませんが、本大学院の院生の選択肢を広げるという意味で、検討したいと考えています。

◇学部時代に経済学を学んでいない学生も多いですが、国際経済学という分野を通じて何を学んで欲しいですか。

 国際経済学に限らず、公共政策大学院で学ぶ院生にとって、経済学のリテラシーというか考え方を修得することは、修了後にどのような選択をするかに関わりなく、重要なことだと考えています。
授業ではクルーグマン他のInternational Economicsというテキストを使用しています。このテキストは、ミクロ・マクロ経済学について、基礎から国際貿易や国際金融まで網羅しているテキストです。
経済学研究科の院生にとっては、このテキストに書かれている理論を数学的に証明したり、それをさらに応用した理論を修得したりすることが大切ですが、公共政策大学院の院生にとっては、このテキストで書かれている理論をどのように政策として生かし、その考え方を使って政策立案を行うことができるかが重要になると思います。
そのため、経済学の理論を前提としながらも、日本・米国・中国等のGDPや国際収支の動向から何が分かるか、またそうした実際の資料を前提にした上での、院生同士でのディスカッションを重視します。また、リカード・モデルやヘクシャー=オリーン・モデルといった理論を使って、なぜ(どのような)自由貿易=国際分業が望ましいか、自由貿易で損害を受ける人々には、保護貿易の方がよいのか、自由貿易を前提とした所得再分配政策が望ましいか、やはり院生同士でディスカッションをしてもらいます。
政策立案にあたっては、経済学で扱う諸変数、例えば「日銀が短期金利を下げた→設備投資や住宅ローンなどの長期金利はどうなるだろう?→為替レートにはどのような影響が?→家計の貯蓄行動には?→…」といったように、一つの政策変数を変化させることが、一国あるいは世界経済に与える影響について、基本的な理論を理解しておく事は非常に重要です。上記の「→」の背景には、厳密な経済理論があるのですが、公共政策大学院の院生には、そうした厳密な理論的背景より、そうした「証明」ぬきに、「ふつうならば働くであろうメカニズム」を沢山知っておくことの方が重要です。その中から、「厳密な理論的背景」をもっと知りたいという知的好奇心に満ちた院生も、もちろん排除はしません。

◇先生は京大交響楽団の音楽部長を務めておられましたが、文化・芸術活動が社会に与える影響には、どのようなものがあるとお考えですか。

 まず、音楽部長に就任した経緯をお話ししますと、前任で同じく経済学研究科の教員であった西村周三先生からご相談を頂きました。個人的に音楽が好きな事もあって、お引き受けした次第です。
京大交響楽団は大変大きな組織でして、その中での音楽部長は肩書だけの役職ではありません。楽団では年に2回定期演奏会を開催していますが、その回ごとに、客員指揮者と各演奏パートのトップとの交流を深めるための総勢40名程度の交流会の主催から、もちろん演奏会当日の挨拶と、裏方から表舞台まで様々な仕事がありました。
定期演奏会では毎年、客員指揮者をお願いしているのですが、演奏会をきっかけに今年の創立記念日にもいらっしゃったイリーナ・メジューエワさんとも仲良くしていただく事ができました。
また大変重責かつよい経験となったのは、交響楽団の100周年記念演奏会です。運営にあたって苦労したのが、開催経費の確保でした。卒業生からの基金だけでは不足するため、諸先生方にご相談しながら、堀場製作所など京都の企業に寄附を募りました。堀場製作所は現社長の祖父にあたられる堀場信吉氏が京都大学の教授で、また交響楽団の音楽部長もされておられたというご縁がありました。
これは本学の交響楽団と京都の企業との結びつきの例ですが、私は社会の経済活動と文化には明確な線引きがある訳ではないと考えます。京都には学生とお坊さんが多いとよく言われますが、加えて多いのがベンチャー企業ですね。京都の革新的な企業には、その背景に京の伝統文化との密接な関連があります。例えば京セラでは、日本の清水焼に用いられるセラミックの技術を応用しています。この様に伝統と革新が深く結びついている街が、京都なのではないでしょうか。

◇大学が文化研究活動の重要性を社会に発信していく事について、どうお考えですか。

 先日、パーティの席で、堀場製作所の堀場敦社長とお話する機会がありました。そこで堀場氏から「京都大学はこのままでは北京の精華大学に負ける。精華大学は自分自身でマネジメントができている。採用者の中で京大と精華大学出身の学生とを比べると、ディスカッション能力に大きな差がある」とお聞きしました。
民間企業でも同様ですが、切磋琢磨のないところに生産性は生まれないと思います。その意味では今後本学でも、自らの活動の重要性を社会により主張していくような、ある程度の改革は必要だと考えます。
産学連携、もう少し広い概念で言えば、社会連携ということが、今後はもっと大学に求められることになると思います。気を付けなくてはいけないのは、周囲が大学に短期的に役に立つものを求めすぎているという事です。例えば人文科学等の、一見は役に立たないと捉えられがちな分野も許容する場所こそが、京都大学なのではないかと思います。そういった環境を用意することで、初めてよい研究成果が生まれるのではないでしょうか。

◇公共政策大学院の将来について、どうお考えになりますか。

 本院は12年前に専門職大学院として始まりました。今までの12年間は、公共政策大学院の実績を作るための期間だったと言えるでしょう。今後は「京都大学公共政策大学院」という組織を持続可能性という観点からも見直し、改善していく局面にあるのではないでしょうか。
そのためには、本大学院が12年の間に培ってきた実績を社会に発信した上で、これまでに本大学院に関心のなかった人たちにも広報し、大げさに言えば公共政策大学院に対する新たな需要を掘り起こす(具体的には、この大学院で研究したいと思う若い人たちを増やす)ことが必要です。幸いにして、本院の卒業生・在学生の実績は非常に優秀です。本院卒業生の主要な進路先は、公務員やその他公共性の高い仕事となっています。特にその中でも国家公務員への就職率は非常に高く、人事院もその実績に着目しているとの事です。また霞が関インターンシップの参加率についても、平成29年度に11名、平成30年度には16名が参加しています。この2ヶ年での参加者の実績は、全国に7校ある公共政策大学院の中でトップです。
このように本院は、小規模の組織体であるにも関わらず、公務員の養成という当初の公共政策大学院の目的に沿った実績を挙げてきたといえます。これらの実績や新しい取り組みを積極的に広報し、対外的な発信を進めていきたいと考えています。